たべものラジオ https://tabemonoradio.com このラジオは少し変わった経歴の料理人兄弟がたべものの知られざる世界を ちょっと変わった視点から学んでいく食のエンタメラジオ番組です。 【毎週火曜・金曜更新】 Tue, 17 Mar 2026 02:03:14 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.8.2 https://tabemonoradio.com/wp-content/uploads/2022/02/cropped-icon_tabemonoradio-150x150.jpg たべものラジオ https://tabemonoradio.com 32 32 世界は「だいたい同じ」で回っている—「見なす」から「見分ける」へ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%81%af%e3%80%8c%e3%81%a0%e3%81%84%e3%81%9f%e3%81%84%e5%90%8c%e3%81%98%e3%80%8d%e3%81%a7%e5%9b%9e%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b-%e3%80%8c%e8%a6%8b%e3%81%aa%e3%81%99/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%81%af%e3%80%8c%e3%81%a0%e3%81%84%e3%81%9f%e3%81%84%e5%90%8c%e3%81%98%e3%80%8d%e3%81%a7%e5%9b%9e%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b-%e3%80%8c%e8%a6%8b%e3%81%aa%e3%81%99/#respond Tue, 17 Mar 2026 02:03:12 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158930 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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わかっていても、つい二度見してしまった。ガソリン価格が30円も上がれば、それはびっくりする。はっとするというより、実生活と直結することで危機感が”体験”になった感覚。

戦争の影響で、原油の供給量が減少。ただでさえ、OPECによる供給調整や油田開発への投資減少、産出コスト増で価格を押し上げられ。この状況で、これは痛い。中東情勢は原油価格の「急騰」を引き起こした。しかも、原油はドル建てで買うことになるから、円安であるということはかなり不利に働く。さらに、価格上昇を見越した先物投資が価格を引き上げる。

現代社会は石油に依存する割合が大きいから、どこまで影響があるだろうか。政府は、暫定税率とともに廃止した補助金を再開すると発表したが、他の産業への波及をどの程度まで抑制できるだろう。

石油市場ができた流れ

歴史的に見ると、石油産業が大きくなるきっかけとなったのは、1859年のアメリカペンシルバニア州で起こった商業的石油採掘ブーム。49年のゴールドラッシュに続いてオイルラッシュが起きたのだ。最初期のことだから、供給は不安定だし品質はバラバラだし、価格も乱高下する。
そこで登場したのがスタンダード・オイル社。精製の標準化、パイプライン整備、価格統制を行って産業としての基盤を作った。この時代は「企業が価格を決める」仕組み。地域でオンリーワンの商品を扱う小売店なら、今でもそうなるかな。ちなみにこの会社の創業者が、あの有名なロックフェラー。

1911年になると、スタンダード・オイルは解体される。米国最高裁で独占禁止法違反ということになり、34社に分割されたのだ。とは言え、有力企業がカルテルを組んで公式価格を決定していたのだから、あまり変わらない。この時代は「先に販売価格が決まって、それを基準に産出国へロイヤルティが支払われる」という仕組み。まぁ、産出国としては鬱憤が溜まりそうだ。

次のステップに移行したのは1980年代のこと。きっかけは1973年に起きたオイルショックだった。これまた戦争から始まったことだけれど、アラブ石油輸出国機構(OPEC)が輸出を停止したことで価格が4倍に。この頃、西側諸国では石油需要が急増していたし供給の多くを中東地域に依存していたから、世界は大混乱。日本でもトイレットペーパーの買い占めという不思議な混乱が発生した。

そこで、1983年に登場したのがニューヨーク・マーカンタイル取引所。いわゆる先物取引所なのだけれど、これによって価格が安定することになる。取引量が膨大になると、売り手と買い手の拮抗が起きて価格が安定するし、誰でも価格を見ることができて透明性を得られる。ある程度、価格変動が予測できるから石油会社や航空会社は経営が安定しやすいので、その分安定した価格で石油を供給することができる。
この仕組みは、1848年に始まったシカゴの穀物先物取引が既に運用をしていたので、石油市場にも導入した格好である。

先物取引というセンサー

そして2000年代、石油は金融商品になった。品質が標準化され物流が整うと、どこでも同じ物が手に入るという環境ができる。それはつまり、価値が同じものが未来に渡って手に入ると”信じる”ことができるということでもある。その結果、まだ存在しない未来の収穫物に対してお金を払うことができるようになった。いわゆる先物取引だ。
実際には品質が違ったとしても、差異を小さくすることで同じものとして扱うことにする。なるべく同一価格に近づけて取り扱うということらしい。

戦争などの世界情勢の急変が起きれば、価格が高騰することも容易に予測が立つ。そのおかげで、実物を移動させること無く売買取引だけで利ざやを稼ぐことができるのも取引の特徴。金融目的の投機だ。

石油や主要穀物のように人々の生活に直結する物資は、投機によって価格が上がることがある。特に、急激な変化が起きたときには加速させる方向に働くので、実際に必要な人の中の生活不安を膨らませてしまう。だからといって、先物市場が完全に悪いというわけではなさそうだ。

将来価格がどのように変化するかを予測するのに有効なセンサーの役割がある。価格が予測できれば、石油企業や航空や船舶を運行する企業の購買計画が立てやすい。これらの企業が安定した経営を行うことは、結果的に一般市場への供給が安定することにもなる。
例えば穀物なら、需要や流通量や気候などについて数カ月後のことを予測して購入するわけだ。それも一人ではなく、多くの人が真剣に予測を立てて、その結果で価格が形成されていく。これは一種の集合知と言っていい。未来を見ることはできないけれど、現時点で参照できる数値があれば企業は意思決定の材料にすることができるのだ。金融目的の投機は、いわば人間の欲の発露だけれど、その欲が未来予測に役立っているのは興味深い。

マーケットの参加者は、思わぬ効果を発揮する。例えば、売る人が少なくて買う人が多ければ商品は高くなるし、その反対も起きるわけだけど、売る人も買う人も多ければ価格は安定する。多少の上下はあるとしても、急騰急落はしにくいわけだ。未来の商品を取り扱うということは、それだけ取引量を作り出しているということだし、投機家は売り手にも買い手にもなるのだから、全体のボリュームを底上げすることになる。

なかなか難しい話だけれど、先物取引市場には面倒な影響もあるけれど、それなりに社会を安定化させる装置として機能しているということらしい。

標準化された世界商品

世界商品の代表格は石油や金だが、もっと身近にも世界商品はある。「たべものラジオ」でテーマに取り上げた砂糖は歴史的に有名だし、麦やトウモロコシなどの穀類も世界商品。世界中で需要があって、保存が可能で長距離輸送ができるという条件が重なって世界商品となる。

世界商品や、それに近い商品は品質が標準化されていく傾向にある。もちろん、イランの石油とベネズエラの石油が全く同じ品質ではないし、日本産の米とアメリカ産の米が同じではない。ただ、ある程度の範囲に品質が集中していて、それをもって「だいたい同じだ」と「見なす」のだ。じゃないと、巨大なマーケットで運用するには煩雑すぎる。

「品質の標準化」というのは品質がそろっていることよりも、「だいたい同じだと見なす」ことが肝心なのだろう。そうしたコンセンサスが金融市場では重要、ということだ。標準化は、世界中の穀物供給バランスを安定化させる役割を担っているとも言えるわけだ。

標準化の対極としての多様性

世界の価値観は「多様性を担保しよう」という方向に進んでいる。一見すると、多様性と標準化は相性が悪そうに感じるのだけれど、実際の所どうなのだろう。

例えば、食材が完全に同じになったとしよう。世界中のどこでも同じ品質の米や野菜が手に入るという環境だ。そうすると、完全に精密なレシピがあって、それを完璧に実行することができれば、世界中で全く同じクオリティの料理が再現できるはずだ。もしそんな世界がやってくれば、レシピ以外では料理を差別化することができなくなる。秘密のスパイスを入れたり、調理時間を工夫したり、それ以外にやりようがない。「それ以外に差別化なんてできるの?」と、現時点で思っている人もいるかも知れない。

現在流通しているレシピのほぼ全ては、完全に味を再現することはできない。全く同じ品質の野菜や肉や魚、同じ銘柄の調味料、同じキッチン性能、がすべて揃うなんてことはないのだ。もし再現したいと思ったら、これらの条件をなるべく同じに近づけなければならない。100円ショップの醤油とみりん風調味料を使っていては、どれだけ練習しても料亭の味にはならない。その点では、アメリカという国は比較的再現性の高い環境かもしれない。だいたい同じような品質の人参で、品質の差がほとんどない塩や胡椒などが調味の中心。キッチンも規格化されたものが多いだろう。

現代のレシピは、材料や調味料を「だいたい同じだと見なす」ところを前提にしている。本来、レシピというのは「調理事例集」であって、参考書としての色合いが強かったからだ。だから、レシピに書かれている「青菜」は、ほうれん草でも小松菜でもよかったのだ。味が違うことくらい、誰でもわかっている。そもそも求められているのは「ふむふむ。その手があったか」であって、「同じ味を再現したい」などとは考えていなかった。

多様性が高いからこそ、レシピは参考にとどめている。多様性が高いことを当たり前だと思っているからこそ、参考にするときにはざっくりと「似たようなもの」として作業に取り入れ、その結果として現れる多様性を受け入れてきた。

日本料理は引き算の料理と言われるが、食材の多様性ととても相性がいいとも言える。全く同じレシピで料理したとしても、地域性や作り手の感性が料理に個性を与えるからだ。一方で、食材や調味料が標準化した世界では、良さを発揮しきれない。素材の味を引き立てようとすればするほど、どんどん同じ味になるからだ。その世界では、レシピで差別化するしかないのである。「他の人とは違った味付けや演出」や「どれだけ素材から変化したか」が評価される価値観は、まさに中世から近世のヨーロッパの貴族食文化である。その感覚は現代でも「演出のための演出」として引き継がれている。

つまり、穀物のように食材が世界商品として扱われるようになると、金融商品としての「食の標準化」が進む。そして食はレシピでしか差別化できなくなり、結果としてレシピの重要性が高まっていくことになる。

そんな世界が成立するなんてことは、当分無いだろうとは思う。だけど、無意識のうちに私たちの「感覚」は、この方向へと動いている。感覚が置き換われば判断が変わり、いつしか「食材は均質なのが当たり前」という常識が生まれるかもしれない。

余談だが、近年では野菜の味が「甘さ」に傾斜している。いろんな野菜が甘くなっていて、煮物を作るときにはちょっと困るのだ。なんというか「特有のクセ」がないので、全体的に甘くてぼんやりした味になりやすい。もしかしたら、無意識のうちに標準化が進んでいるのかもしれない、などと考えてしまう。まぁ、売れやすいものを追い求めた結果ではあるのだろうけど。

商流のどこで価値を作るか

素材が標準化すると「誰でも同じ物を買える」ことになる。この環境は喜ばしい面がある一方で、加工業では原価競争になりやすいという側面も持っている。そこで、重要になるのは「下流における差別化」だろう。つまり、素材をどう組み合わせて、どのように変化させるかだ。レシピは、その点で重要な知恵となるから、レシピを秘密にすることや、知的権利として売買の対象となる。従来であればレシピは著作権の対象外で、いずれ誰かが思いつくはずの共有知財だった。それも、そのうち変化するのかもしれない。

ただし、それは「加工技術の知財化」でしかない。料理の価値はそれだけではないと思う。食べる人のことを考えて、何を選ぶのか、どれほど時間と労力を費やすのか、といったことも「食べる喜び」に繋がっている。作り手の思想や感情が心を動かすという現象は、家庭料理こそわかりやすく伝わる気がする。
近年、「物語を食べる」「情報を食べる」という表現を見かけるようになったが、それはおそらくこうした背景の変化によって強化された文脈なのだろう。かつて、道元が典座教訓で述べた「食への対峙の仕方」が、また別の流れで立ち現れているのが興味深い。日本には古くからガストロノミーの考え方が浸透しているけれど、それとは違った価値観や文脈でたち現れたのが現代的ガストロノミーかもしれない。

今日も読んでいただきありがとうございます。

日本の「引き算の料理」って、余計なものを取り除いて、素材の持ち味を活かそうとするんだよね。食材が標準化すると、引き算してみたら全部一緒なんてことになるかもしれない。でも、現実的には完全な標準化なんてできないわけだ。今でも「みなして」いるだけだからね。豊かな食文化というのは「みなさない」、つまりは個体差や地域差を感じて楽しむところにあるのかもね。そういう意味では、典座教訓に回帰しているとも言えるかな。

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なぜ私達は、無駄を愛してしまうのか。 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%81%aa%e3%81%9c%e7%a7%81%e9%81%94%e3%81%af%e3%80%81%e7%84%a1%e9%a7%84%e3%82%92%e6%84%9b%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%86%e3%81%ae%e3%81%8b%e3%80%82/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%81%aa%e3%81%9c%e7%a7%81%e9%81%94%e3%81%af%e3%80%81%e7%84%a1%e9%a7%84%e3%82%92%e6%84%9b%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%86%e3%81%ae%e3%81%8b%e3%80%82/#comments Thu, 05 Mar 2026 22:30:00 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158914 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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「料理は遊びだ」という考え方を前提に日々料理を作っている。だからこそ、そこに文化が生まれるのだと。そんなふうに考えているのだ。これは時々書いていることだから、読者の中には覚えている人もいるかも知れない。今回は、日本の食文化に埋め込まれた遊びについて、その思想のルーツを考えてみたいと思っている。

合理性の高い食

ホモ・サピエンスにとって、最も合理的な食ってどんなものだろう。シンプルに考えれば、「健康的に生きるために必要な栄養素を摂取する」ことが、最適解。それと同時に、余計なものを摂取しないことも大切だ。体に負荷がかかるものや毒素は取り入れないほうが良いし、食べ物のすべてをエネルギーや体組成に使い切れるほうが効率がいい。とにかく無駄がないことが肝心だ。

生産効率だって高いほうが良い。なるべく少ないエネルギーでより質の高い栄養をたくさん確保できたら、それに越したことはない。人類は、かなり多くの時間を「食料の獲得」に費やしてきた。むしろ、それが生活の中心だと言っても良い。他のことをしようと思ったら、なるべく食料の確保に費やす時間は少ないほうが良い。だから、一人では難しいけれど、社会の皆で合理的な生産システムを作ってきたのだ。

合理性を追求した先には何があるのだろう。究極的にはエネルギーチャージが出来れば良いわけだから、点滴が最適解なんてことになるのだろうか。だとするなら、「おいしさ」という感覚はいずれ退化して消失するのだろうか。
漫画「ドラゴンボール」に登場する「仙豆」を思い出す。一粒食べるだけで1週間は食べなくても良いとされる完全栄養食。漫画の中では、超希少な特別な食べ物とされているから生産効率が良いとは言えない。でも、いつか科学の力で実現できる日が来るとしたら、ぼくらは「食事」から切り離されるかもしれない。

非合理のかたまり

会席料理などは、合理性の対極にあると言って良い食文化だろう。人が生きていくうえで必須のものではない。一生会席料理を食べなくても充分に幸福な人生を送ることは出来る。

日本の伝統的な包丁技術の中に、飾り切りというものがある。一般的に知られているのは、梅人参だろうか。梅や紅葉などの植物を模したものや、波などの自然を表現したもの、市松模様や結び目を象ったものなど様々な技法が生み出されている。中には、カエルや蝶、ツルといったものまであるのだ。

これらは栄養摂取や生産性には一切貢献していない。もっと言ってしまえば、味にも寄与しないものも少なくないのである。
そして、この非合理な料理を愛でて楽しむ人が大勢いて、いつしか「文化」として定着していった。文化とは、「合理的なもの」の外側に生まれるものなのかもしれない。

遊びの文化

飾り切りの中には、「おいしさ」や「食べやすさ」に寄与しているものもある。たぶん、包丁技術の始まりは実用性にあったのだと思う。ただ、素晴らしい包丁とそれを巧みに使う技を身に着けた人たちが、その技を使って遊びを始めたのだろう。勝手な妄想だけれど、モチベーションは「表現したい」ではなく「出来るからやってみよう」という類のもの。それは、砂場で遊ぶ子どもたちが意図もなく山を作りトンネルを掘るのと似ている気がする。遊ぶために遊ぶのであって、クリエイティブな意図などから生まれたものではないと思うのだ。

遊びとしての料理を考える時、よくヨハン・ホイジンガのホモ・ルーデンスを参照してきた。遊びについて考えたことがある人なら、一度は触れることになるのだろうか。だけど、日本の料理や伝統工芸に埋め込まれた遊びは、どこかホイジンガのそれとも違うような気もする。この違和感がどこから来るのかはわからなかったのだけれど、ある時ふと気がついた。ホイジンガの遊びは「枠の中の遊び」だけど、日本の遊びは生活の中に溶け込んでいるのではないか。そう考えたら、もしかしたら道教に通じるものがあるのかもしれないと思うようになった。

春秋戦国時代の諸子百家の一人荘子や、道教ともつながりの深い禅宗。詳しく調べたわけではないので思い込みも多いだろうけれど、どうもこのあたりに日本的な遊びのルーツがあるような気がしている。

荘子の一節に「故に始まり、性に長じ、命になる」という言葉が出てくる。故というのは、生まれ持った因果と解釈するのが良いだろうか。生まれた場所や、その地域の伝統や慣習、先祖などからの影響があって、スタートはそこだと。で、性というのは、長年無意識のうちにやってしまうことと解釈している。ぼくの場合、食や食文化の話だったら何時間でも話していられる、というようなこと。長じるということは、馴染んでくるという感覚に近いかもしれない。何も考えずに手が動くような、そういう職人の極みみたいな感覚。そうやって板についてくると、自然と遊びが生まれてくる。原稿を一生懸命覚えて喋っているうちは遊びがない。覚えたものを再現しようと思わなくなった頃に遊びが生まれる。そこまでいくと、命。つまり自然の理に沿った生き様に達するという。

伝統工芸などの職人は、現代風に言うならば「凝り性のオタク」である。誰のためでもなければ、機能性を求めるのでもなく(仮に機能的なものだったとしても)、作りたいから作る。それが日本の遊びであり、ものづくりなのだろう。

今日も読んでいただきありがとうございます。

禅宗で無邪気に遊ぶと言えば良寛を思い浮かべるかな。彼は純真な子どもが大好きで、子どもたちと一緒にかくれんぼや鞠つきなどをして遊んだんだ。かくれんぼで隠れているときに村人に声をかけられて、見つかってしまうではないかと本気で怒った、という逸話もあるくらいに無邪気に遊んだみたい。どうもね。ぼくは日本の職人たちの中に良寛がいるんじゃないかと思うんだよ。

「この里に 手まりつきつつ 子どもらと 遊ぶ春日は 暮れずともよし」

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飽きる味、飽きない味—おいしさは揺れている。 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e9%a3%bd%e3%81%8d%e3%82%8b%e5%91%b3%e3%80%81%e9%a3%bd%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%84%e5%91%b3-%e3%81%8a%e3%81%84%e3%81%97%e3%81%95%e3%81%af%e6%8f%ba%e3%82%8c%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e3%80%82/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e9%a3%bd%e3%81%8d%e3%82%8b%e5%91%b3%e3%80%81%e9%a3%bd%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%84%e5%91%b3-%e3%81%8a%e3%81%84%e3%81%97%e3%81%95%e3%81%af%e6%8f%ba%e3%82%8c%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e3%80%82/#respond Wed, 04 Mar 2026 03:52:59 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158911 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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「ブッダの耳錯覚」という言葉を聞いたことがあるだろうか。自分の耳が、まるで仏像の耳みたいに伸びたと感じるという錯覚である。やり方は簡単。二人一組になって、相手の耳たぶをつまんで軽く下に引っ張る。それと同時に反対の手で、耳が伸びたらこんな感じだろうという動きをする。右手で耳をつまんだら、左手を耳から胸元にかけてスライドするだけ。端から見れば、一体何をやっているのだろうと思うのだけれど、不思議なことに耳を引っ張られた本人は「見えない耳が伸びている感覚」になるのだという。

感覚も、けっこうあてにならない

ロジックばかりではなく、もっと体で感じた方が良い。といった具合に、身体感覚の重要性を謳うことがある。たしかにその通りだと思うのだけれど、同時に感覚ってとってもテキトーだということも知っておきたいところ。

ぼくらが見ている世界は、立体だ。と思い込んでいるけれど、ぼくの目は平面画像しか認識できない。だから、触れたり動いたりして世界は立体的だと認識する。そういうことを繰り返していくうちに、人間の脳は「見えているものは立体だ」と思い込むようになり、”立体らしく”感じられるように補正している。

味覚だって同じようにあてにならない。他の誰が美味しくないと主張しても、体に刷り込まれた記憶が「これは美味しい」と訴え続けることもある。ある時は美味しいと思ったものでも、別の日に食べたときには美味しいと感じないこともある。

習慣によって固定されることもあれば、体調や気分や気候によって変動することもある。味覚なんてそういうものだろう。

一緒に揺れる

料理を作っていても、たぶん味付けは一定じゃないだろう。調味料は量るけれど、それで最後は自分の舌で味見をして決める。簡単に錯覚を起こす肉体が「これだ」と決めるのだから、常に一定であるはずがない。にも関わらず、長い目で見れば安定しているように感じる。これは、食べる人もつくる人も一緒に揺れているからじゃないかと思う。

寒さや暑さ、湿度や天気などを共有しているからこそ起こることなのだろう。同じ船に乗って一緒に揺れているようなものだ。船は揺れているし、乗っている人も揺れている。だけど、同じ船に乗っている人同士は、あたかも互いが静止しているかのように感じられる。

しっかり固定するとどうなる?

食品加工業は、大量に食品を生産する。商品価値や生産効率を考えると、すべてのロットで味が一定であることが求められる。ホントは、みんなが「味はブレるものだ」と思っていれば良いのかもしれないけれど、今のところそうではない。
だから同じものを食べ続けると飽きるのではないか、と想像している。一緒に揺れてくれないから、その日の気分に合わないと美味しいと感じられない。

かつて世界中の多くの文化圏で、日常の食事はほとんど同じものを食べていた。ちょっとずつ微妙に変わるけれど、ほとんど同じメニュー。それしかなかった、と言えばその通りだし、我慢していたのかもしれない。ただ、ぼくの体験からすれば毎朝同じ朝食を食べることに「飽きた」という感覚はなかった。単純に「そういうものだ」と思っていたからかもしれないが、味付けが一緒に揺らいでいたからかもしれない。

一方で、毎日同じコンビニ弁当を食べるとなったら、ある種の苦痛を覚える人もいるかもしれない。それは、もしかしたら料理に揺らぎが無いことが原因の一つかもしれない。料理が一緒に揺れてくれないから、自分の揺れとの差分を大きく感じる。ある時は美味しいと思うけれど、別のときには全くそう思えない。だから、あれこれと選ぶことになる。そのために選択肢が必要になる。ということもありそうだ。

世界一のグルメ民族

現代の日本人はとても多様な食を享受している。ほとんど毎日違う料理を選んでいるのじゃないだろうか。大昔から食に貪欲なグルメ民族であるから、それは自然なことだろうとは思う。徹底的に追求するオタク気質の国でもあるから、コンビニ弁当は世界最高レベルの美味しさを実現しているし、大抵の飲食店は「おいしい」に分類される。

あまりにいろんな食のレベルが上がりすぎて、そろそろ天井にぶつかりそうだ。「おいしい」に慣れすぎてしまって、「すごくおいしい」との差分が小さくなっている気がする。グルメ民族にとって、とても幸せなことだ。ただ、差分が小さいということは「おいしさの幸福」は小さくなってしまう。

さて、そうなると料理人や食品メーカーはさらなる研究に勤しむことになる。この姿勢が食文化を豊かにしてきたのだろう。そうして生まれた日本の食文化は、世界から高い評価を受けている。ただ、もし本当に「おいしい」に上限があって、それに近づいているとしたら、と思うと少々恐ろしくもある。伸びしろがないのだ。ずっとおいしいものを食べられる幸せはあるけれど、特別な日の食事に対する感動が薄くなり続ける可能性もある。はてさて、この先どうなるのだろうか。

今日も読んでいただきありがとうございます。

錯覚って、凄い能力だと思うんだ。同じ味なのに、視覚情報や背景にあるストーリーでおいしさの感じ方が変わっちゃう。「絶対値としてのおいしさ」があるとして、それに近づき続けていたとしても、「いろんな錯覚があるからずっと楽しい」ということもある気がする。

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ガストロノミーな3日間 2026年2月25日 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%82%ac%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%81%aa3%e6%97%a5%e9%96%93%e3%80%802026%e5%b9%b42%e6%9c%8825%e6%97%a5/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%82%ac%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%81%aa3%e6%97%a5%e9%96%93%e3%80%802026%e5%b9%b42%e6%9c%8825%e6%97%a5/#respond Wed, 25 Feb 2026 14:58:14 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158906 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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ガストロノミーシンポジウム掛川2026を終えて、二晩が過ぎた。終えてみればあっという間だったけど、その前の二晩は、やっぱり特別なものだった。ビフォーアフターで、何かが違っている感覚がある。

細かく振り返るのは別の機会にするとして、今日はざっくりと思い返してみることにする。

今回のテーマは「人の営み」だった。それを踏まえてフォーカスしたのが中間事業者。商流の中間にある加工や物流、小売といった事業者はあまり注目される機会がない。けれども、彼らの存在なくして私たちの食生活は成立しないのである。これは、共同開催のKoji The Kitchenの主催である村井さんとの会話の中で自然と定まった視点。今回の企画が固まるよりも前から二人の間で繰り返されてきた会話には、常に話題に登ってきたことだ。

人の営み、「手」ロワール

共催企画のきっかけを作ってくれたヒラクさんは、日本のテロワールは「手」ロワールだと表現した。まさにぴったりだと思う。これは、以前から感じていて、時折主張していたこととも共鳴する。

お茶や日本酒など、産業を盛り上げようと各地域がいろんな取り組みをしている。どういうわけか、そうした検討委員会に呼ばれてしまうことがあるのだけれど、必ず検討の俎上に上がるのがテロワールという言葉だった。日本酒なら水田、お茶ならば畑にフォーカスすることでブランディングを進めようというのだ。そして、毎度それに反論して、いつの間にか呼ばれなくなっていく。そんなことを何度か経験していた。

テロワールというのは、ワインのブランディングのひとつではある。ブルゴーニュ地方のワインの価値を象徴する考え方で、本質的には「土」を意味している。だからといって、お茶や日本酒も土に注目しなければならないということにはならない。

そもそもブランディングとして機能するのは、その商品の強みや特徴が根っこにある。ブルゴーニュワインがテロワールを謳うのは、そこに強みがあるからだ。真似をするならば、自らの商品の強みを見定めてそこにフォーカスするのが良いだろう。他人の強みを真似て、自分の長所を見ないのはもったいない。

商品やその作り方、産業構造や歴史背景を勉強していくうちに、日本のものづくりは「人」にあると感じた。ある時、日本酒醸造家とトークセッションで一緒になることがあって、「日本酒は自然の酒ではなく、技術の酒だ」と言ったことがある。関係者がテロワールでブランディングしようとしていたのは聞いていたのだが、反発心もあって言ってみたのだ。すると、醸造形からは「よくぞ言ってくれた」と喜んでもらえた。確信に変わった瞬間だった。そして、今回の3日間ではっきりした。日本のものづくりは、人の介入が大きい。

だからといって、自然を征服するというスタイルでもない。自然と対話し戯れるようにしてものづくりを行う。そして、「たまたま出来た」ではなく再現性を高めることを目指してきた。面白いことに、人の思い通りにものづくりをするというのに、いちいち自然と対話して自然と共同作業をするような仕草が随所で見られるのである。話を聞き、実際にものづくりの現場を巡り食べてみることで、感じたことである。

日本のものづくり

ものづくりには、大きく2つの特徴が現れているように感じた。ひとつは、垂直軸の繋がり。もう一つは、ものづくりの楽しさだ。

品質を安定させるためには、ひとつの基準が必要だ。醤油や味噌は味が変わってしまうと、料理の味が変わってしまうし、料理人としてはとても面倒である。そのためには、基準を設けて、大きく品質が変わらないことが求められるのである。もちろん、その原料となる種麹も同じ。しかし、現代のように科学的な分析ができなかった時代は、どうやって品質を一定に保っていたのだろう。この問いは、村井さんの糀屋三左衛門を訪問した時に感じたことだ。600年前はどうやっていたのだろう。おそらく、世代を超えて継承してきたのだろうと思う。親から子へ、そして孫へ。常に複数人で味を守っていくのは、料理人の世界と似ている。

こうした「安定性を求める」という姿勢は、おそらく「調理の社会インフラ化」が早くから進んできた結果だろう。西洋におけるスープのベースは、野菜や肉を煮込むことで作るのが一般的で、その作業はキッチンで行われる。これに対して、鰹節や昆布が厨房で作られることはない。これは、社会の仕組みで調理を分担していると言える。醤油や味噌をソースだと思えば、やはり同じである。つまり、次の人にバトンタッチするために「安定している」という信頼が必要なのだ。

ものづくりは本来楽しいものだ。少なくとも、職人にとっては楽しいと感じているポイントが有る。けれども、彼らが楽しさを感じないものづくりというのも存在している。それは、意図しないものを作らされることである。仮に「売れるから」と言われても、質の低いものやポリシーと合わないものを作らされるのは、ハッキリ言ってストレスなのである。このストレスが続くと、ものづくりの職人はやる気を失っていく。義務感で続けるかもしれないけれど、自由を奪われた感覚がある。

一見相反するように見える「安定性」と「自由なものづくり」が両立しているのが、日本のものづくりなのかもしれない。短期的に見れば経済合理性には合わないかもしれないが、長らくこのスタイルで豊かな食文化を築いてきたのだから、長期的に見れば意味があるように思える。

さて、来年もガストロノミーシンポジウムを開催すると宣言してしまった。が、別に追い込まれた感覚はない。もう、とっくに続ける覚悟は出来ているからだ。次はどんなチャレンジをしようかと、今から妄想を始めているのだけれど、きっと直前になってバタバタするんだろうな。

今日も読んでいただきありがとうございます。

そうそう。当日もちょっとだけ発言したのだけれど、ガストロノミーシンポジウムみたいなローカルに注目した取り組みが全国で広がってほしい。商標登録をしているわけでもないし、誰がやっても良いと思う。勝手にやればいいし、協力が必要なら喜んで協力する。
ちょっとずつ、感じたことを整理して書いていくことにするよ。

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産地はこうして作られた。—近代茶業を支えた現場の営み https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e7%94%a3%e5%9c%b0%e3%81%af%e3%81%93%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%a6%e4%bd%9c%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%80%82-%e8%bf%91%e4%bb%a3%e8%8c%b6%e6%a5%ad%e3%82%92%e6%94%af%e3%81%88%e3%81%9f%e7%8f%be/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e7%94%a3%e5%9c%b0%e3%81%af%e3%81%93%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%a6%e4%bd%9c%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%80%82-%e8%bf%91%e4%bb%a3%e8%8c%b6%e6%a5%ad%e3%82%92%e6%94%af%e3%81%88%e3%81%9f%e7%8f%be/#respond Wed, 18 Feb 2026 14:29:46 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158899 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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日本有数の茶産地として知られる牧ノ原台地に丸尾原という地名がある。現在では茶園が広がるこの地も、江戸時代までは木々が生い茂っていた。

明治3年(1870年)。大井川の渡し船が解禁される。それまで、大井川は橋をかけるどころか渡し船も禁止されていて、川越人足が人力で旅人を向こう岸に運んでいたのだが、この解禁によって人足たちは職を失うことになった。大量の失業者を目の当たりにして、金谷宿の醤油屋だった仲田源蔵は私財を投じて彼らを援助。しかしそれも限界がある。そこで、東京まで出かけ人足の救済を直訴したのだ。まだ江戸の気風が色濃い時代のこと。直訴は文字通り命がけの行為であった。捕らえられ拷問を受けるも、後に訴えが認められ、ついには政府によって人足の救済事業が開始されることになった。それが、牧ノ原茶園の開墾である。

茶園開拓の現場

政府は相応の資金を用意し、牧之原周辺の豪農に事業の世話役を依頼した。そのうちの一人、丸尾文六は34人の人足を引き受けることになった。静岡藩からは人足一人あたり10両の支度金が世話人に支給され、その中から準備金として3両ずつを配った。残りの支度金を着服したわけではない。荒野の開墾には巨額の資金を投じる必要があって、不足分は丸尾自身の資金で賄っていたのだ。

クワなど使ったことのない人足たちである。中には開墾を諦める者も現れ、19人が離脱。彼らには残りの7両が手渡され、その資金を元手に他の仕事を始めることとされた。強い意志を持った15人と、後に他の組から加わった5人が加わり、20人となった丸尾組によって開墾が行われたのである。

雑木を切り倒し、根を掘り起こし、土を刻み、石をふるい落として整地していく。そんな地道な作業を繰り返し、やっと3年目になってわずかな茶を製茶出来るようになった。しかし、また一つの課題に突き当たる。丸尾は栽培農家だったから、製茶作業に関してはほとんど経験がなかったのだ。そこで、製茶作業を学ぶために義弟を千葉県の茶園に派遣。自らは、農学者の津田仙(津田梅子の父)を頼り狭山で製茶方法や輸出について学んだのだった。

明治12年(1879年)。横浜で第1回製茶共進会が開かれる。ここで、丸尾組は一等褒章を受章し、4年後に神戸で開催された第2回製茶共進会でも一等金杯を獲得。素人集団だった彼らは、全国有数の茶園を築いたのであった。

作った茶を届ける

幕末の開国で開かれた港は、長崎や横浜などの5港。その中で、茶の貿易港として最も取引量が多かったのは横浜港である。横浜では、日本の商人が外国商館に茶を売り、外国商館は茶を外国人向けに再製し(仕上げ)てアメリカへ送る。ここで取り扱われる茶のおよそ半分は静岡県産だったと言われている。

丸尾は、横浜にお茶を届けるために物流の整備に着手する。地元の天然港を整備し、港に至る横須賀街道を荷車や人力車が通りやすくするために砂利を敷いて舗装。街道の途中にある菊川にかかる橋も改修した。現代ならば行政主導になるような事業だが、これらすべてを民間企業が行ったのである。
丸尾は、大日本報徳社を創設した岡田佐平次から報徳仕法を学んでおり、それがこうした活動に結びついたのだろう。

港を整備したことによって地域の物資は港に集まるようになった。そこで東遠州の豪農たちに声をかけ資本を集めて蒸気船を購入。鴻益社(こうえきしゃ)を立ち上げて本格的な運送事業を開始したのである。

経済危機と農民の自立

順調に成長した茶産業は、経済的危機にさらされることになる。1881年から始まる、いわゆる松方デフレによる農産物の価格下落である。

明治時代に入って、殖産興業の旗印のもと政府は経済を牽引してきた。まだ日本銀行が存在していなかったから、経済の成長とともに各銀行が紙幣を増やしたことでインフレが起きていたのである。茶産業はこの恩恵を受けて経済的に成長してきた側面がある。
しかし、西南戦争をきっかけにインフレは加速。政府財政は危機に見舞われる。地価に応じた個人納税をベースにしていたことから、物の価格は上がる一方で税収は一定という状態になったのだ。そこで、大蔵大臣松方正義の主導でデフレ政策が取られたのである。

このデフレ政策によって、お茶の価格は大きく下落し茶農家の収入は減少。一方で、人件費や工場などの固定費は下がらないという状況が生まれる。物価の変動には順番があるのだ。このままでは、丸尾組が立ち行かなくなる。丸尾組が倒産すれば、それはそのままそこで働く農民たちが失業することになるのだ。元川越人足だった彼らを再び失業させるわけにはいかない。

そこで、丸尾は茶園の経営を大きく変える決断をする。農民たちを完全自営、または半分自営ということにしたのだ。現代風に言い換えれば、正社員を完全委託契約や半委託契約に切り替えて固定費の分散を図ったのである。正社員の場合は売上が減っても給料は支払わなければならないが、自営ならば自動的に農民の収入も減ることになる。というと、非人道的な判断のように見えるかもしれないが、そうではない。

まず第一に、丸尾組が潰れてしまえば農民も職を失うのだ。収入が減っても失業よりはマシである。もう一つのポイントは、彼らが農民であるということだ。土地を借りた小作農であるとは言え、土地があれば農作物を生み出すことが出来るのが彼らの強みである。金銭の多寡に関わらず、食べ物を作ることが出来るということは生存力が高いということ。商品作物と食料作物のバランスをとるには、小規模のほうが小回りがきくのである。

そして、丸尾は新体制に馴染むまでの7ヶ月間は農民たちに補助金を出すことにした。これは社内ベンチャーの独立支援金に相当する。
丸尾は、現代のフランチャイズで例えれば本部のような役割を担った。これに対して独立した農民はフランチャイジーとなる。茶園全体は維持されたまま、新しいプラットフォームへと移行したことになる。

結果として、川越人足の救済事業から始まった茶園開墾事業は、当初の計画の通り達成されたのだった。

直輸出への悲願

アメリカへの輸出が急成長する中、粗悪茶が出回る事態が発生する。アメリカでは「贋製茶輸入禁止条例」が成立し、日本茶の評判が下がり価格も下落することになった。こうした中、静岡県は粗悪茶の取り締まりを強化し、丸尾は茶業組合取締所の役員につくことになる。

一方で、貿易の利益を伸ばすため外国商館を通さない直接貿易の仕組みを構想してもいた。当時横浜には、外国商館への斡旋を専門とする問屋がいてマージンがかかっていたし、国際取引に不慣れな日本人は外国商館の言いなりとなってしまっていた実態があったのだ。他にも、外国商館の再製工場で粗悪茶を混ぜたり着色していたこともわかり、直接貿易の確立が重要だったのである。

国内の貿易商と協働してアメリカへの直接輸出を画策する中、紆余曲折を経て岡田良一郎らの協力を得て横浜に富士商会(後に富士製茶株式会社へ改称)を結成。サンフランシスコに支店を構え、現地で茶と雑貨を販売する店を構え自力での輸出事業を推し進めていったのである。サンフランシスコ支店の主任となった安田七郎は20代後半、横浜本社支配人となった原崎は30歳になったばかりという、若い力による挑戦だった。

明治22年(1889年)には新橋〜神戸を東海道線が結ぶようになると、富士製茶は東海道線の堀ノ内駅(現在の菊川駅)近くに本社と工場を設置。お茶は東海道線で横浜へと運ばれるようになった。丸尾が設立した蒸気船による輸送会社は役目を終えて解散する。後に、製茶機械の製造を担った松下幸作によって、堀之内駅から丸尾の故郷である池新田を馬車鉄道(堀之内軌道、1921年)がつなぎ、茶の輸送網を発達させることになる。

鉄道の発達によって大打撃を受けたのは港である。特に清水港は古くから海運で栄えた港町であり、漁港へと切り替えた他の港町と比べて急激な衰退を余儀なくされた。東海道線の開通と同時に、清水の回漕業者鈴木与平や天野九右衛門や清水町長らが、特別貿易港指定への請願運動を開始。これに静岡の茶業界が加わり、地元が一体となって清水港の開港にむけて本格的な運動を展開した。そして、明治32年(1899年)、清水は特別貿易港の指定を受け、直輸出実現に向けて大きく前進したのである。

しかし、清水港には再製(仕上げ)工場が無かったために、清水港に茶貿易船が入港することはなく、依然として横浜港から輸出される状況が続いた。静岡県茶業組合連合会議所の海野孝三郎は静岡市に製茶再製所を誘致。更に、日本郵船株式会社にも粘り強く交渉を続け、清水港への入港を訴えた。

そしてついに、明治39年(1906年)5月、日本郵船の神奈川丸が清水港に入港。これを皮切りに、清水港の茶輸出は急成長していく。明治41年(1908年)には、静岡市内の茶町から清水港をつなぐ静岡鉄道が開通し、茶の輸出体制が整えられていった。このインフラによって県外の茶産地からも茶葉が集まるようになり、明治42年には横浜港を抜いて日本一の茶貿易港へと成長。大正6年(1917年)には、全国茶輸出高の77%を占める「お茶の港」となったのである。

生産量だけではない、産地の強さ

全国には様々な名産地がある。質の高さや産出量の多さは、名産地を名乗る要素ではある。しかし、それだけではないことが、今回のエピソードで伝わるだろうか。産業そのものを育て、人を育て、それらがスムーズに活躍できるようにインフラを整えること。それらがすべて整ってこそ、日本を代表する産地と呼べるのではないだろうか。

茶試験場、ミュージアム、製茶機械、茶農業機械、それらのパーツ、茶の梱包資材。その他あらゆる「茶に関わるヒト・モノ・コト」が、静岡にはすべて揃っている。そして、それらは一朝一夕で出来ることではなく、長い年月をかけて先人たちが積み上げてきたものなのだ。
その産業に直接関わっていなくても、紡がれた人の営みの厚みに敬意を払わずにはいられない。そして、同郷人として、誇らしい気持ちになる。

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時間を増やすテクノロジーと、時間を味わうヒト。 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e6%99%82%e9%96%93%e3%82%92%e5%a2%97%e3%82%84%e3%81%99%e3%83%86%e3%82%af%e3%83%8e%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%83%bc%e3%81%a8%e3%80%81%e6%99%82%e9%96%93%e3%82%92%e5%91%b3%e3%82%8f%e3%81%86%e3%83%92%e3%83%88/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e6%99%82%e9%96%93%e3%82%92%e5%a2%97%e3%82%84%e3%81%99%e3%83%86%e3%82%af%e3%83%8e%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%83%bc%e3%81%a8%e3%80%81%e6%99%82%e9%96%93%e3%82%92%e5%91%b3%e3%82%8f%e3%81%86%e3%83%92%e3%83%88/#respond Tue, 10 Feb 2026 09:36:00 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158895 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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あっという間に、あちこちにAIが搭載されている世の中になった。この業界では、1年前の技術は古い技術になってしまう。一般的な生活の時間の流れと比べて、変化が早すぎるように感じられる。私達の「感覚」は、この変化の速さについていけるのだろうか。
とはいえ、社会実装されてしまえばそれを使うしかない。たいていの場合、人はそれに慣れていく。
逆にどんなに便利だろうと、私達の慣習がフィットしない限り広がっていかない。
そんなもんだろうとは思う。

フィジカルAI

フィジカルというのは「身体的」「物理的」という意味だ。これまでのAIは「言葉」をインプットして、「言葉」を生成するのが中心だったけど、言葉ではなく「物理的」なインプットから「物理的な」行動を生成するという。どういうことなのかを、私達人間の行動に置き換えて捉えてみる。

都会の人混みを歩く時、私達は半ば無意識のうちに周囲の状況を確認している。例えば、歩道を歩いているときのことを想像してみよう。そこには同じ方向へ向かう人もいればすれ違う人もいるが、私達はほんのちょっとした足の運びや視線などを察知しているのだ。そうした多くの情報から「この人はこっちに進みそうだな」とか「相手のほうが避けそうだから私はそのまま進もう」などと考えている。

これは結構複雑な判断だ。しかも私達は、ずっと「歩くこと」に意識を向けているわけではない。誰かと話をしたり、別のことを考えたりしているのだから、人間とはなんとも凄まじい演算を行っているものだ。「人混みは疲れる」というのは、こうした判断の繰り返しによる部分もありそうだと思っている。

今すぐに、というわけではないかもしれないが、フィジカルAIを搭載したロボットはこうした判断を可能にしていく。
工事現場では、ロボットが自ら足場の状況や周囲の危険を理解しながら活動するようになるし、飲食店では注文状況に応じて調理補助をしてくれるようになる。料理人は、次から次へと料理を作るだけ。刺し身を引いて皿に盛り付けたら、片付けは気にせず天ぷらに取り掛かる。既に揚げ物の材料も揃っていて揚げ油の温度も準備万端。そうこうしている間に、調理台もまな板も包丁もみんなきれいにしてくれる。というわけだ。

選択と集中

これは嬉しい。調理の現場というのは、想像以上に「準備」と「片付け」に時間を取られるものなのだ。個人的にはどの作業も「嫌だ」とまでは思っていないのだけれど、それでも時間がかかることは間違いない。これを削減することができれば、営業中の忙しい時間帯でも、かなりの作業を一人でこなすことが出来るようになるだろう。

仕込みでも同じ。飲食店は仕込みがとても重要だ。あらかじめ準備してあるからこそ、ささっと提供できるのだ。ごま豆腐の注文がはいってから胡麻をすりおろし始めるのでは時間がかかってしょうがない。もっと手間のかかる料理などいくらでもある。たまたま良い食材が手に入ったからと言って、おいそれとメニューを追加するわけにもいかない。それでも、「今日のおすすめ」などと言って固定メニュー以外の料理を提供するのだから、個人店は頑張っていると言える。

その日手に入る食材の状況によって、その日に一番美味しいと思える料理を仕立てる。お客様の気分にあわせて、料理を誂える。なんてことが出来ればベストなのだが、これが難しい。料理人としての高いスキルや知見が求められるのはもちろんだが、事前の準備に手間がかかりすぎて効率が悪いという課題もある。

ビジネスとしての効率を優先するならば、季節感など無視してしまうのが一番だし、客の好みに合わせないほうが良い。マクドナルド兄弟の画期的な発明は、食材や客に寄り添うことを諦めて、自分たちの商売の都合に「合わせさせる」ことに振り切ったところにある。ある意味では究極の殿様商売だが、効率化を求めて選択と集中を行ったらこれが最適解だったというわけだ。

結果として、メニューは最小限に絞り込まれたし、仕込み作業は徹底的にマニュアル化されて「誰でも出来る」レベルに分割された。そして、そのための機械と仕組みの開発が行われてきた。マクドナルドの成功をきっかけにアメリカで広まった「スケールアップに最適化された飲食ビジネス」は、様々な飲食チェーンを生み出したのだった。

時間を何に使うかを選び直す

外食産業が変わる可能性がある。いや、おそらく小売も変わるだろう。

外食ビジネスも食品小売も、スケールアップのためには効率化が必須だった。効率化を図ることは、すなわち「自然や消費者に寄り添うこと」を否定し、「消費者がシステムに合わせること」を求めたのである。フィジカルAIが現場のあらゆる場面に入り込んで、徹底的に人のサポートを行うようになったら、これが大きく変わるかもしれないと思う。つまり、「自然や消費者に寄り添う」スタイルを貫いたまま効率化することが出来るかもしれないのである。

飲食店は、その日取れた旬の食材を自由に料理出来るようになる。煩雑な雑務から解放されれば、その分だけお客様に寄り添う時間や心のゆとりが生まれるだろう。スーパーマーケットでは、パックに詰めて並べるという作業などしなくても、細かな作業を行ってくれるロボットをパートナーに相対販売ができるようになる。「牛スライス肉400gちょうだい」「お、今日はすき焼きですか?良いことあった?」などという会話のための時間を生み出すことが出来るかもしれない。

私達が考えなければいけないことは、楽ちんになったあとに何をするか、だ。どんどん効率化を進めたことで得られた「可処分時間」を、本当に「処分」してしまってはいないだろうか。ロボットのおかげで取り戻すことが出来た時間は、より「人間らしい活動」のためにあるのではないかと思うのだ。

歴史を学び直してみて、こう考えるようになった。
1.過去の選択は、その時代の社会を反映している。
2.その時代の選択のために、切り捨ててきた部分がある。
3.社会が変わったら、切り捨てたものも含めて選択し直す必要がある。

うっかりすると、切り捨てたものを切り捨てたまま次のステップに進んでしまうことがある。それは、もったいない。懐古主義的に過去を取りもどすのではなく、少し戻って選び直すのが良いのではないかと思っている。

今日も読んでいただきありがとうございます。

サン・テグジュペリの「星の王子さま」に「商人」が登場する。彼が売っているのは、喉の渇きを潤す錠剤だ。この薬があれば、1週間で53分の水を飲む時間を節約できるという。この53分を私達はどう使うだろうね。王子様は「53分かけて泉に向かってゆっくり歩く」って言ってたよ。

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遊びという思想—文化はどこからうまれてきたのか。 2026年1月29日 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e9%81%8a%e3%81%b3%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%80%9d%e6%83%b3-%e6%96%87%e5%8c%96%e3%81%af%e3%81%a9%e3%81%93%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%86%e3%81%be%e3%82%8c%e3%81%a6%e3%81%8d%e3%81%9f%e3%81%ae/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e9%81%8a%e3%81%b3%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%80%9d%e6%83%b3-%e6%96%87%e5%8c%96%e3%81%af%e3%81%a9%e3%81%93%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%86%e3%81%be%e3%82%8c%e3%81%a6%e3%81%8d%e3%81%9f%e3%81%ae/#respond Wed, 28 Jan 2026 22:30:00 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158888 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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「お休みの日は何をして過ごしますか?」
まるでお見合いの定型文みたいな質問だけど、みんなどうしているんだろう。

私の場合、半日は映画を見たり、本を読んだりするのが定番。まとまった時間が確保できるタイミングって、限られているから。そして、午後になると子どもたちが学校から帰ってくるので、家族で過ごす。一緒に折り紙をしたり、ごっこ遊びをしたり。その後は夕飯の買い物に出かけて、ゆっくりと食事をする。

まとまった休みは家族旅行に行くこともあるけど、それは年に1〜2回くらいかな。どちらかというと、公園で遊んだり町を散策したりすることのほうが多い。そういえば、あまりテーマパークに行くことはない。

日本人は、遊ぶのが下手だと言われるけれど、実際の所どうなんだろう。

遊びが好きな日本人

現代では、アクティビティやゲームのことを”遊び”と呼ぶことが多いようだ。けれども、私達の先祖はそうじゃない。もっと身近なところで遊んで暮らしていた。と言っても放蕩三昧のような遊び方ではなく、日常のあれこれに遊びの要素を取り入れていた。そう意識していたわけじゃないだろうけど、私にはそう見える。

具体的に言うと、例えば、陶磁器のお椀を作る場合だ。お椀は使いやすくて丈夫であれば必要な機能を満たしているし、それなりに形が整っていれば充分だ。椀の角度や飲み口の形状などは、機能的には意味が薄い。使う人も、そこは気にしないと言うかもしれない。だけど、”つい”追求し続けてしまう。「もっと(自分にとって)心地よい角度」を追い求める人がいる。もう、土と戯れていると言っても良いかもしれない。

料理は「遊び」がめっぽう多い。本来、食材を切るという行為には”食べやすくする”とか、”火の通りを良くする”という目的がある。ところが、”きれいにスパッと切る”ことにこだわりを見せる人たちがいる。刺し身は、その切り口のなめらかさによって味が変わるのは事実で、日本料理人はその点を追求している。だが、そのことに気がつくお客さんは圧倒的に少数派だ。

つまり、そこに意味を見いだせる人にとっては大切だけれど、そうでない人にとっては無くても困らない。そういう意味では、松や梅花をかたどった飾り切りなどは無意味だし、究極的には盛り付けなどどうでもいいということになる。文字通りの意味で必要かと問われれば、不必要なのだ。全然「かならず」ではない。

素材と戯れる感覚。わたしは、こうした部分が”遊び”なのだと思う。

よくよく考えてみれば、歌も遊びの一部だといえる。歌がうまいからと言って、その人が政治的なリーダーに相応しいかどうかは別物のはずだ。ところが、平安時代にはけっこう重要だったそうだ。もちろん和歌だけですべてが決まるなんてことはないが、和歌を詠んだり評価したりできるくらいの素養は必要だったというのである。
現代に置き換えると、「経営者はゴルフくらい嗜んでおかないといけない」ということになるだろうか。機能性の世界に、ずいぶんと遊びが食い込んでいる感覚があるが、それが日本の伝統文化なのだろう。

伝統は、そのものを見ていても文化が分からない。

たぶん「文化」は、不必要な遊びの中から生まれてくるものだと思っている。なぜなら、効率化とは無駄の”排除”が本質だからだ。器や家具、衣服の装飾などは排除の対象になるだろう。そうなれば、日本の多様で豊かな食器はすべて画一化されるし、蒔絵も消滅する。全員が同じ形の家に住み同じ衣装を身にまとうように慣れば、社会の無駄は小さくなっていく。

私達が感覚的に「良いなぁ」と思っていて、「大切だ」「守りたい」と言っている文化は、遊びそのものだと言って良い。私が料理業界に携わるようになって一番初めにたどり着いたのはここ。「料理は遊び」である。

以前、「料理は遊びだ」と言ったら「じゃあ、そこに意味はないのか?」と言われたことがある。しかし、遊びだから意味がないのではない。むしろ逆で、”意味”の本質は遊びの部分にこそ宿るのだと思う。意味とは”思いを味わう”ことだと思っていて、機能には思いが宿らないからだ。だからこそ、遊びを遊びとして長い間追求してきた結果、伝統文化になったのだろう。

料理名に「しぐれ」「なると」「たつたがわ」というものがある。「しぐれ」は時雨と書いて、晩秋の降ったり止んだりする一時的な雨を意味している。口の中で甘さやしょっぱさ、旨味、生姜の代わりなどの風味が口の中で通り過ぎていく様子を時雨に見立てたのが「しぐれ煮」だと伝えられる。(諸説あり)
また、「たつたがわ」は、古くから紅葉の名所として歌枕になっている竜田川のことだ。百人一首で学んだ人もいるかも知れない。料理としての竜田川は、食材を紅葉の形に切って梅酢につけたもののこと。これ以上ないほどわかりやすい「遊び」であり、文化だ。今でも竜田揚げという名前が知られるが、醤油に漬け込んで赤く染まった魚や鶏肉を紅葉に見立てたことから名付けられた。

こうしたことは、料理だけを見ていてもわからない。料理の味や作り方、その素材の善し悪しはわかるようになるかもしれないけれど、それは技や知識だ。文化を読み解くには、その外側に目を向ける必要がある。

屏風や軸、器に描かれた絵も、やはりそれだけを見ていてもわからない。源氏物語や古今和歌集などの素養があって、はじめてそこに豊かな物語が浮かんでくるのだ。ここで詳しく語ることはしないが、徳川美術館に収蔵されている「初音の調度」などは、文化と技、デザイン、物語の素晴らしい融合だろう。

遊びから発展した文化は、それが「どんな遊びなのか」を知らなければわからない。いや、もちろん知らなくても楽しむことは出来るし、知らないからダメだと言いたいわけではない。知って分かればもっとずっと面白い。そういう世界があるということだ。遊びとはそういうものだから。

遊びを鑑賞する作法

作法などと言うと仰々しい。もっと簡単に言えば、ルールを知っておくと面白い、ということだ。例えばサッカー観戦だ。特に細かいルールなど知らなくても、「ボールがゴールに入ったら得点となり得点を競うゲームだ」「手を使ってはならない」ということさえ知っていれば楽しむことは出来る。知らなくても、見ているうちにわかると思うが。ただ、オフサイドがわかるようになると、もう少し面白さが増してくる。というようなことだ。

少しテクニックの難しさがわかるようになると、ちょっとしたプレーに感動するようになる。さらに戦術までわかるようになると、俄然ゲームが面白くなる。それぞれのチームがどんな戦術を持っていて、互いに駆け引きをしているのがわかるからだ。
チームの歴史を知ると胸が熱くなるかもしれない。例えば弱かったチームが少しずつ強くなっていった様子だとか、そこで苦労した選手やチーム関係者のこと、応援する街の人達のサポートなどを知る、といったことだ。

おそらく、遊び深く楽しんでいる人たちは無意識にこれをやっている。「詳しくなったら面白くなってきた」という感覚は、きっと多くの人が一度や二度は感じたことがあるだろう。日本の伝統的文化は、こうした「遊びを深く遊び尽くす」感性が連なってきたものなのだろう。

少し話は逸れるが、中学生の頃社会の教科書に「好色一代男」という書物の名前が載っていた。ご存知、井原西鶴の”ポルノ小説”である。当時は気が付かなかったが、井原西鶴が文化人枠で教科書に載っているのか不思議だと思うようになった。最近になって知ったのだけれど、好色一代男は源氏物語をベースに、随所で古典文学をパロディ化しているのだそうだ。俗世界と雅な世界を重ね合わせるという、かなりハイレベルな遊びをしていて、だからこそそれが江戸の庶民に受けたのだそうだ。書く方も凄いが、それを読んで笑っている読者も遊びつくしている。
漫画ワンピースに登場する女ヶ島は、もしかしたら好色一代男の最終章に描かれる女護ヶ島だろうか。現代でまで遊びが繋がっているのが面白い。

今日も読んでいただきありがとうございます。

江戸時代は旅行が難しかったからね。その代わりに、日常生活に遊びの要素を取り入れたり、物語の世界で遊びを生み出したりしたのかもしれない。そうそう。ヨハン・ホイジンガによる遊びの定義では、自発性や虚構性、秩序なんかが必要だってことになっている。「やりたい!」という気持ちと、日常生活と切り離された空間と、厳密な独自ルール。そう考えると、日常生活に遊びを持ち込んだ人たちは、「しょせん、この世は仮初め」みたいな感覚を持っていたのかも。道教的と言うか仏教的と言うか。なんとも興味深い話だ。

遊びをせんとや生まれけむ

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【セッション紹介】ガストロノミーシンポジウム掛川2026 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%80%90%e3%82%bb%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%80%91%e3%82%ac%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%83%9d%e3%82%b8%e3%82%a6%e3%83%a0/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%80%90%e3%82%bb%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%80%91%e3%82%ac%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%83%9d%e3%82%b8%e3%82%a6%e3%83%a0/#respond Wed, 28 Jan 2026 03:46:36 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158886 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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「ガストロノミーシンポジウム掛川2026」。これ、毎回書いていて思うんだけど⋯長いよね。字面的に。とりあえず記事の中では略称で表記することにする。何が良いかな。
8つのトークセッションで構成されている。ということで、それぞれのセッションについて紹介したい。

トークセッションとはなにか?

まず最初に整理しておくと、「”特定のテーマについて自由に対話や議論を行う”ことをイベント化したもの」というのが一般的だと思う。当たり前かもしれないけれど、定義として理解しておくことは大切なのだ。というのも、対話や議論がほとんどなされないまま時間切れになってしまうケースがあるからだ。私にも苦い思い出がいくらでもある。

例えば「これまでの実績」を紹介し合うだけで大半の時間を費やしてしまうことがある。自己紹介でやりがちなのだけど、それは”ショートプレゼンテーションの羅列”である。企画者が「これは良い内容だから多くの人に紹介したい」という思いがあれば別だけれど、本当に聞きたいのは「そのバックグラウンドを持った人が対話したらどんな化学反応が起きるか」なのだ。

「意見の出しっぱなし」が気になるのだ。あらかじめ用意してきた意見をそれぞれが紹介し合うのも、やっっぱり”意見の羅列”になってしまう。そう”実績紹介”が問題なのではなく、対話になっていなことが”羅列”という構造を作り出してしまう。

ということで、ガストロノミーシンポジウム掛川では運営チームで「トークセッションの方針」を意識合わせした。
・なるべく自己紹介の時間を削って、テーマトークを進めよう。
・紹介したいことは、ウェブや当日の配布資料でカバーしよう。
・登壇者同士が会話にカットインすることを歓迎しよう。
聞いたことがある人にしか伝わらないんだけど、ポッドキャスト「たべものインテグラル」のイメージ。音楽で言えば、ジャムセッション。呼応し合うことを大切にしたいと思っている。

セッション1(Opening)
【ローカルガストロノミーが熱い。一言でくくれない”日本の食”の底力】

村井三左衛門(糀屋三左衛門)/小倉ヒラク(発酵デザイナー)/武藤太郎

冒頭からカオスになりそうな予感がする。自分で言うのもなんだけど、そういう組み合わせだ。
実は、この3人に共通するのは「食文化の解像度が高い」こと。これは、詳しいという意味ではなくて文字通り”解像度”の話。例えば「日本の食文化って、米が中心だよね」という言説があるが、それだと大雑把すぎるという感覚があるのだ。もっと細かく見ていくと、地域ごとにいろんな食文化がある。その”わかりやすい象徴”として、農林水産省がまとめている「うちの郷土料理」がある。それでもまだ解像度が荒くて、もっといろんなバリエーションを見ている。たぶん、頭の中にグラデーションマップがあるんじゃないかな。

そして、そうしたイメージから生まれた考え方を何かしらの形に具現化しているのも共通点。

ヒラクさんは何冊も書籍を出しているし、下北沢の「発酵デパートメント」という店がそれを体現している。北陸や東海で行われた「発酵ツーリズム」もそうだ。そういえば、2025年に行われた「発酵ツーリズム東海」が、「KOJI THE KITCHEN Academy」とコラボするきっかけのひとつになった。私が「なんで”東海”に静岡が入っていないんだぁ」と言ったら「三河も入っていないんだよ〜」と村井さん。じゃあ、あぶれた者同士でやろうという話から企画が進んでいった。

村井さんも「教養としての発酵」という書籍を出しているし、「KOJI THE KITCHEN Academy」も今回で⋯何回目だろう、たぶん6回目になる。彼の場合は、文化そのものよりも文化を構成する物事のほうに意識が向いているような気がする。産業の源流とか仕組み、その構造が抱える課題。もちろん共通意識があるところなのだけれど、特に強いかもしれない。

興味関心の領域が共通している部分が多いけれど、それぞれに違う部分もかなりある。特に身体知は圧倒的に違うのが面白い。発酵デザイナーとして各地を訪れフィールドワークを行うヒラクさん。糀という農業をベースに発酵業界を現場から見ている村井さん。私は料理人で商流の末端だから、村井さんとは反対側にいるのだけど、調理と食べるという実践が身体知になっている。

このセッションでは、私達の頭の中にある「食のグラデーションマップ」をお伝えできればと思っている。そこから生まれた課題意識と、それがどのように今回の企画に繋がっているのかをお話する予定だ。

セッション2
【自然と人の営みがクロスする”地域の食文化”とは?〜歩く・運ぶ・味わう・楽しむ〜】

佐藤洋一郎(農学博士)/武藤太郎

昨年、佐藤先生から「このシンポジウムは絶対続けたほうが良い」と言われたのがとても励みになったのを覚えている。
セッション1で、”日本の食”に対する解像度を上げてもらったところで、より具体的な話に進んでいきたい。ローカルの食文化を紐解くといっても、それはそう簡単なことではないからだ。あちこちを歩き回って、「あっちには◯◯があって、こっちには△△がある」ということがわかったとしても、それらがどの様に繋がっているのかを”読み解く”には、それ相応の知見が必要なのだ。

郷土料理や生産物などには、地域ごとに傾向があることはわかっている。その要因はなにかという話だ。例えば土壌は、その性質に適した作物が選ばれる。水に関しても水質も影響するし、どれだけ潤沢に水を確保できるかということも農業生産に大きな影響を与える。もちろん、気温や天気などの気象条件も重要なポイント。これらは自然環境なのだけれど、地域間交流からも影響を受ける。

地域間交流が影響を与えるのは、例えばその時代の権力者が米を税の対象にするといったこともある。自然環境が稲作に向いていなかったとしても、現物で納税しなければならない以上は田んぼを作るしかない。何も工夫をせずに作ろうとすれば、その地域は”貧乏”ということになる。だから、灌漑技術を考え出したり、代替品での納税を認めてもらったりして、なんとかしようと工夫が生まれる。そこに、旅人が訪れるようになれば、彼らを対象としたビジネスが生まれ、その収益が町を発展させることもある。宿場町の特産品は、そうした理由で生み出されたものもある。他にも旅人が技術や知恵を教えてくれることもあるし、他の地域で流行しているものを教えてくれることもある。交流するのは人だけでなくモノも行き交う。交易が盛んに慣れば、それらを土台とした加工業や生産が行われるようになる。

これらを観察して、”地域の食文化”を紐解こうというのだ。今回は「静岡の食」を中心に取り上げるが、その中でも掛川周辺のことを掘り下げたり、三河との関係性についても考えてみたい。そして、いちばん大切なのは、この”考え方・手法を知ること”なのだと思う。世界各地の”地域の食文化”を読み解くことが出来るようになるかもしれない。

別記事(https://note.com/mutotaro/n/n182c59efbf16)でも書いた通り、食の土台を知ることは未来の食を考えるために大切なことだ。その手法と思考方法を知ることは、あらゆる地域で役に立つはずだと思っている。基本的には私が先生のお話を聞きながら質問していく形になると思う。とはいえ、私は私なりに勉強をして臨むので、なかなかマニアックな展開になるだろう。

セッション3
【空前の抹茶ブーム。伸るか反るか?どうする茶産業のこれから】

長田夏海(おさだ製茶)/石川幹浩(石川製茶)/武藤太郎

わたしの店で仕入れているお茶を作っている製茶企業からお二人に登壇していただく。取引先でもあるが、個人的な友人でもある。近隣にたくさんのお茶屋さんがある中で、この2人に登壇をお願いしたのには理由がある。

まず第一に友人であること。今回に限っては大事な要素だ。たぶん、産業構造に深く踏み込んだ話が必要になるテーマなのだ。お互いに遠慮なく言い合える関係だからこそ語れることがあると思っている。

タイトルにある”空前の抹茶ブーム”というのは、ニューヨークを中心としたアメリカにおける抹茶ブームのことだ。抹茶人気は数年前から高まり続けている。日本産の抹茶だけでは供給量が足りず、他のアジア諸国も抹茶の生産に乗り出している。特に中国では大規模な抹茶産業が台頭していて、ついに作州の抹茶輸出量は日本全体のそれを上回った。茶葉の品質は日本よりも低いと言われているが、加工技術は同等である。なぜなら、日本の製茶機械を導入しているからだ。
この状況に日本の茶産業はどう対峙していくのか。抹茶需要は伸び続けているし、為替は相変わらず円安だ。日本が生産量を増やせばどんどん売れていくはず。だからといって耕作面積を増やせない日本では、煎茶の生産から抹茶に切り替える農家もで始めている。また、今まで通りの茶葉も粉末煎茶に加工するケースも見られる。結果として、製茶企業が購入する荒茶の価格は高くなったし、煎茶の供給量は減少した。

さて、このままブームに乗って抹茶生産にシフトしていくのか?というのがテーマだ。明治初期や戦後すぐの頃にもアメリカに向けて大量の日本茶が輸出された時代があった。茶産業は大きく成長したが、アメリカのトレンドが移り変わった途端に窮地に立たされた、という歴史を持っている。この窮地を脱するべく、先人たちが知恵を絞り工夫を重ねた結果、国内の販路が整備されたし深蒸し茶が成立した。私は、これが繰り返される可能性が高いと見ている。
今も昔も、ブームは消費地主導だった。これを逆転して、こちらから提案していく事はできないのだろうか。日本国内で人気のあるお茶は、日本人の好みに合ったお茶である。輸出を視野に入れるなら、それぞれの地域の好みに合わせる必要があるだろう。そのために、一体何が出来るだろうか。そして、日本の茶産業は現状をどのように変えていくのだろうか。

石川製茶は、かつて深蒸し茶の生産からマーケットの構築にも深く関わってきたし、おさだ製茶は欧州への出荷を見据えた商品開発を進めてきた。彼らとともに、これからの茶産業の未来について語り合いたい。

セッション4
【伝統を引き継ぐとはどういうことなのか。経営と食文化の間で揺れる事業の持続可能性】

深谷允(栄醤油)/榛葉冴子(富士の酒)/村井三左衛門(糀屋三左衛門)

私達が購入する食品は、野菜や魚などの原材料ばかりではない。豆腐やチーズなどの加工食品もあれば、醤油や味噌などの調味料、酒類などの嗜好品もある。私達の食卓は、多くの「人」に支えられているのだ。

”持続可能性”という言葉が一般社会でも使われるようになって、自然環境への関心は高まっている。しかし、加工食品産業の持続可能性について多く語られていはいない。今、私達が手軽に味噌や醤油を使えているのは食品加工業の努力のおかげだが、年々事業者は減り続けている。生き残りをかけて高付加価値化を目指すケースも多いが、もしすべての事業者が高付加価値化を目指せば味噌も醤油も身近なものではなくなってしまうかもしれない。その時、日本の食文化はどうなるのか。

今回は発酵食品を中心に伝統産業の持続可能性と、課題解決への取り組みを考える。
栄醤油では、伝統的な木桶を使って醤油醸造を行っている。木桶は時間をかけて状態を整え、数十年に渡って醤油を生み出し続けるのだが、その大きさと年数ゆえに動かすことができない。動かそうとすれば木桶が崩壊するからだ。木桶職人は減少し、新たに木桶を入手することが難しくなった今、建屋は老朽化によって限界を迎えている。風味豊かな味わい深い醤油は、どのようにして守られるのだろうか。

酒造業界も同様の課題を持っている。建屋の再建をしたとしても、今までと同じ水を確保できるか、同じように酵母が活躍してくれるだろうか。そうした不安を抱えながら資金調達を行う事業者は少なくない。加えて、米価の高騰や日本酒離れへの懸念もある。そうした中で、新たな日本酒のプロモーションを行いニーズを掘り起こそうとする富士の酒。

モデレーターは、こうした課題に関心を持つ村井三左衛門さん。種麹の専門店として長い間日本の発酵産業に携わってきたからこそ見える世界がある。日本の食文化を支えている彼らは、どんな未来を見ているのだろうか。

セッション6
【食品販売の現場から。バリューチェーンの課題と地方の可能性】

加藤百合子(やさいバス食堂)/岩下拓二(道の駅掛川)/武藤拓郎

昭和時代の八百屋は町の冗長性を担保していたといわれる。野菜の消費量は各家庭によって異なり、当然購入量も異なる。「◯個で◯◯円」というパッケージは、足りない家庭も余る家庭もある。こうしたアンバランスを販売店によって微調整出来たというのである。お互いの顔がわかる間柄だからこそできたのだろう。どの野菜がおすすめで、どんな食べ方が美味しいのか、などの情報も店主と客の会話のなかで伝えられた。

一方で、こうした販売モデルは効率が悪い。「あらかじめ用意されたパッケージを客が自己責任で選ぶ」という現代の一般的な食品販売店のスタイルは、効率化のおかげで食品を安定した価格で大量に流通させることに貢献してきた。また、食品販売店が大型化することによって、知らない人同士の売買になったが、そのおかげで煩わしい気遣いやコミュニケーションの負荷を減らすことになった。

食品を届けると仕組みに、絶対的な正解はないだろう。ただ、それぞれのモデルにはメリットもデメリットもある。例えば、ネットスーパーは便利だが、一覧性にかける。食材の吟味が出来ないだけでなく、他の食材に出会う機会はグッと少なくなる。相対販売は煩わしいコミュニケーションがつきまとうが、無人パッケージは情報の取得を消費者の努力によってカバーしなければならない。意識は「食材を美味しくするためのレシピ」から「レシピを再現するための食材」へと移り変わった。
私達消費者は、こうした違いをきちんと検証することもなく産業の変化に合わせて暮らしを変えてきた。

加藤さんは、「合理化の名のもとに希薄になった生産者と消費者の関係をつなぐ」ための仕組みとしてやさいバスを運行。昨年には新たな拠点としてやさいバス食堂をオープンした。本来の食の価値を消費者へ届けている。岩下さんは、県内でも人気の高い道の駅で食品販売に携わってきた。バイヤーとして、農産物のクオリティや値付けなどの情報を農家に提供する一方で、生産者の思いを消費者に伝える役割を担う。

遠方の食材も多く流通する中で、近所の食品が行き交うのが地方の特徴だ。都会と比べて、物理的に生産現場との距離が近いのである。食品そのものだけでなく、食品の価値を届けること。その先の未来と、そのために必要な視点を探求する。

セッション7
【食が人をつなぐ。ネットワーク/コミュニティは何をもたらすのか】

八木さゆり(だれでもみんな食堂)/松本聖子(発酵ツーリズム東海三重チーム)/長濱裕作

食卓を囲めば、自然とコミュニケーションは深まるもの。はるか古代から世界中で育まれてきた共食文化である。子ども食堂は、孤食・貧困対策としてスタートした運動だった。ところが、子ども食堂へ行く事自体が貧困の告白になり、本当に必要な子供にリーチすることが難しくなってしまった。そこで、いろんな人が足を運ぶようになれば来やすくなるだろうと解放した所、地域交流という新たな繋がりの拠点へと発展した。一方的に助けられるのではなく、助ける側にもなる。物価高騰による運営課題があるなか、現代が生み出した地域コミュニティの新しい形は明るい未来を作り出しているのだろう。八木さんは、そんな活動を行う一人だ。

食のコミュニティというと、「食べる」ことが中心になる。それは間違いない。だが、それ以外にも、食が人と人をつなぐケースがある。昨年開催された発酵ツーリズム東海の三重県チームは、特に仲が良かったと耳にしている。食文化を見せる・伝える・届けることが、結果として人と人との繋がりを作ったのだ。松本さんはその一人である。
また、私達が配信しているポッドキャスト「たべものラジオ」のリスナーコミュニティでも中心的な存在だ。このコミュニティはオンライン上のものなのだが、普通は運営が難しいとされている。主催者が努力し続けなければやがて衰退する、というのが一般的なのだ。しかし、たべものラジオコミュニティは、主催者不在のままどんどんコミュニケーションが深まっていく。私達がいないところでオフ会が開かれることも珍しくはなくなったのだ。

本来、食には人と人とをつなぐ力がある。一方で、産業は効率化の影響なのか隣接領域との交流が難しくなっている。ただの情報が届けられるだけでなく、コミュニティとして温度の伝わる繋がりは、食産業に新たな光を見せるのか。
掛川市内で交流拠点「ポートカケガワ」を運営する長濱さんをモデレーターとして、「食とコミュニティ」がもたらす可能性について語り合う。

今日も読んでいただきありがとうございます。

トークセッションに触れることで、きっと視野が広がるはず。「現場はそうなっているのか」「立場が違えばそう見えるのか」などの気付きもあるだろう。そして、「こういうことは出来ないかな?」という話に発展していってくれたら、とても嬉しい。

まだ、チケットを購入していない人はこちら(https://kacha-muto.com/shop/)からお願いします。

イベントではよくあることだけど、申し込みがギリギリになる人が多いんだよね。その気持はわかるんだけど、運営している側からするとホントに心臓に悪い。だから、忘れないうちに申し込みしてください。

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ガストロノミーシンポジウム掛川2026 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%82%ac%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%83%9d%e3%82%b8%e3%82%a6%e3%83%a0%e6%8e%9b%e5%b7%9d%ef%bc%92%ef%bc%90%ef%bc%92%ef%bc%96/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%82%ac%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%83%9d%e3%82%b8%e3%82%a6%e3%83%a0%e6%8e%9b%e5%b7%9d%ef%bc%92%ef%bc%90%ef%bc%92%ef%bc%96/#respond Thu, 15 Jan 2026 14:11:28 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158884 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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2026年2月23日。ガストロノミーシンポジウム掛川2026を開催する。
昨年の今頃、同じ書き出しで文章をしたためた。2回目の開催ということだ。

今回は少しばかり名前を変更して、”掛川”という地域名を後ろに表記した。もちろん理由がある。
「ガストロノミーシンポジウムのようなイベントが、あっちこっちで乱立してくれたら良いな」
「でね。それぞれが独立しているんだけど、なんとなく繋がって交流がある。そういう感じが良い」
というのが当初の願い。
そういう意味では、地名が強く出過ぎないほうが良い。と思ったんだ。

さて、ここからは今回のテーマに深く踏み入っていくのだけど、ぼくらがどんな課題意識を持っていて、それに応答するプログラムを考えたのか、という話でもある。

”食の土台”の持続可能性

各地域に「特色ある郷土食」っていうのがある。それは確かに伝統的なものなのだけれど、どこかデフォルメされている感じもする。例えば「◯◯鍋」みたいな郷土料理があったとしよう。それを村興し的に活用しようとすると、アピールするために「◯◯鍋の特徴」を”可視化”するわけだ。「たっぷり芋を入れるんです」とか「かぼちゃは欠かせません」、「味の決め手は地元も味噌です」などと言ってパッケージになっていく。やがて、それが”地域外の人”に認知されていく。わかりやすからね。

だけど、地元に行くと「うちは代々かぼちゃなんか入れないよ」という人もいるし、「味噌は県外産」だったり「醤油が良い」という人もいる。デフォルメされた結果”アピール力”は高まるけど、同時に”多様性”は失われていく。
失われていく理由は、ビジネスによる部分も大きい。特に飲食店や食品加工業は”わかりやすいイメージ”に寄せていくから。悪いのではなく、そうしないと買ってもらえないのだ。世代が入れ替わる位の時間が過ぎた頃、本当に”多様性”が失われるケースがある。「え〜、かぼちゃが入っていないなんて〇〇鍋じゃないよ。」と心の底から信じて育ったのだから仕方がない。

良いとか悪いという話ではなくて、ちょっと立ち止まって考えたらどうだろうと思うのだ。
「それってどこまでやるの?それでいいの?」

そう思う理由について、こんなふうに考えている。

今見えている「特色ある郷土料理」は、”そうなるための土台”があって生まれたもの。ここでいう”土台”っていうのは、例えば「温暖で雨量も多いけれど水はけが悪くて河川も少ない」みたいな環境条件もある。それから、他の地域とどう繋がっているかというのもあって、東海道みたいな幹線だったり、海運だったりする。どこをどのくらいの頻度で人が旅をして、産業に活用されていたか。支配者が都との繋がりが強ければ、都の食文化の影響を受けやすいわけだ。祭りの影響も受けるし、文学などにある”美意識”の影響も受ける。こうした様々な「土台」があるから「郷土料理」は生まれた。
つまり、土台を失うと「特色ある郷土料理」は「特徴的な癖のあるどこかの料理」になる。地域との接続を失って根無し草になるのだ。

変化しないように守るべきだ、と言っているわけじゃない。むしろ、どんどん新しいチャレンジをしたほうが良いと思っている方である。ただ、売れるかどうかだけを見てものづくりをすると、自分たちの持っている資産(=土台)を活かせなくなることもあるってことを危惧している。
極端なことを言えば「今、◯◯がブームで売れまくってるから作ろう!」みたいな感じでスタートしても、環境条件が合わなければどこかに無理な力がかかってしまう。自分たちの食習慣にないものをガンガン作り出しても、環境に合わないものは地元では消費されず他地域へ輸出するしか無い。で、気がついたら「この町でなければならない理由」が無くなっていた。なんてことになるかもしれない。

この考え方は慎重すぎるかもしれない。だけど、それでいいと思っている。だって、一度崩壊した文化は、そう簡単には戻らない。仮に、意図した方向とは全く違う結果になったとしても、「ちゃんと学んで、いろいろ考えたうえでやったんだよね。」と納得できる。それが「良き祖先」という姿勢じゃないだろうか。

”担い手”の持続可能性

地域の産品が「完全なるオンリーワンで圧倒的生産力がある」というケースは稀だ。ぱっと思いつくのは群馬県のこんにゃくだけど、これほど圧倒的なものは本当に珍しい。地鶏、和牛、大根、葱、と言った具合に並べてみればわかるけれど、あちこちに名物があるのが普通なのだ。味噌も醤油も日本酒も、日本全国に醸造蔵がある。

こんにゃくのように”一強対その他”という構図の場合、その他が取りやすい戦略は高付加価値化だ。滋賀県の赤こんにゃくは他に類を見ない特徴を持っていて、他の地域が真似してもすぐに模倣品だといわれる。そういうブランドが確立している。ぼくの地元なら、生芋こんにゃくなどを売りにしたり、有名な神社の参拝客を相手にブランド化している。
もう一つ例を上げれば、ビール業界も似た構図に見える。圧倒的な大手メーカーに対して、クラフトビールが高付加価値を目指して特徴を生み出している。
つまり、こういったケースの場合は”大量生産勢”と”高付加価値化勢”がうまく棲み分けが出来ていると言える。

一方で群雄割拠状態の産業もある。例えば味噌だ。生産量日本一は長野で有名なメーカーも多いが、実はほとんどが中小企業なのである。それだけでなく、味噌は種類が多様だ。仙台味噌、八丁味噌、西京味噌、麦味噌など有名どころだけでもバリエーションが多いことがわかる。そして、味噌は日用品であり各地域、各家庭に”定番の味噌”がある。麦味噌というジャンルの中で群雄割拠状態なのだ。

この場合、多くのメーカーが弱者の立場であると自認するかもしれない。特に、現状の味噌蔵や醤油蔵は経営が厳しいところが多いと聞く。存続をかけて利益を上げようと思ったら弱者の戦略を選ぶだろう。高付加価値化だ。もし、全てのメーカーが高付加価値化を戦略として選んだらどうなるか。今は1kgの味噌を数百円で購入することが出来るが、もしかしたら平均価格が2000円ということになってしまうかもしれない。
核家族と外部通勤という現代の社会で、自宅で味噌を作れるという人は少ないだろう。味噌は身近なものではなくなり、高級店でしか味わえない味になってしまうかもしれない。というのは少々オーバーだろうか。少なくとも、大手メーカーへの収斂が進み、多様性は少なくなり、よりいっそう味噌蔵が減少することになる。

少し話はそれる。ぼくが経営している店は料亭だ。一人当たり数千円から数万円の料理を提供している。いわゆるハレの食事だ。毎食これだったら、一ヶ月で一人当たり100万円になってしまう。ハレというのは、ケがあるからハレなのだ。絶対的なハレもなければ、絶対的なケもない。あくまでも相対的なものであって、互いの存在が互いを支え合っているのだ。定食屋を営んでいる知人が「定食屋としての矜持がある」と言っていたが、まさにそのとおりである。以前から主張していることであるが、何でもかんでもハレに近づける必要はないのだ。むしろ、ハレとケのギャップが幸福度を高めるという研究さえあるのだ。

さて、これらの話を踏まえて、産業全体を眺めてみよう。といっても、ここで語るには時間が足りないし、知見も足りない。
まず、ぼくらが認識したほうが良いだろうと思うのは「日用品が日用品であることの価値」だ。そして、それは”誰か”の不断の努力で成立しているという事実だ。困ったことに、日用品はインフラで、インフラというのは認知が低くなる傾向にある。そういうものなのだ。結果として、ぼくらの食卓を支えてくれているインフラに無頓着になってしまう。この状況は、ちょっとマズイ。

”誰か”が支えていくれているのだが、その”誰か”が報われなかったとしたらどうだろう。別に注目を集めたいというわけじゃないだろうけれど、誰にも感謝されないし、十分な報酬も得られないとしよう。だとしたら、誰が次の”誰か”をやるのだろう。

すぐに答えが出るようなものではないかもしれない。だからこそ、正面から直視することが大切なのだと思う。そして、「うーん、わかんないねぇ」なんて言い続けていても”失われた何十年”みたいな状態が続いていくだけだから、ちょっとでもいいからチャレンジを繰り返すしか無いんだと思う。そういう感覚を共有しておきたいし、共有した人たちとは折に触れて話題にしたい。

それが「知って、繋がる」というガストロノミーシンポジウムでもある。

今日も読んでいただきありがとうございます。

「知る」「繋がる」「越境する」については、昨年の記事を読んでいただくのが良いかな。昨年は「強い光の一等星だけじゃなくて、5等星もしっかり見よう」というテーマだった。それ自体は今年も継承しているんだけどね。上記の”2つの持続性”についても踏み込んでいこうと思ってさ。だから、今年は加工とか物流(中間事業者)が多いんだ。そして、それを包括する意味で、「コミュニティ」「ネットワーク」に着地するっていう流れにしたんだ。
で、この流れは2月21日に開催される「Koji The Kitchen Academy」とも繋がっているし、22日のツーリズム豊橋to掛川にも繋がっている。

開催概要

【ガストロノミーシンポジウム掛川2026】
テーマ :ローカルから考える文化と人のサスティナビリティ
開催日時:令和8年2月23日㈷ 10:30〜17:30(開場10:00)
会場  :SK駅前ホール(静岡県掛川市駅前4-4 4階)
定員  :現地100名
チケット:現地25,000円、オンライン10,000円
     *早割・学割あり
公式サイト:https://kakegawa-gastronomy.studio.site/
チケット購入:https://kacha-muto.com/shop/

【もっと深めるネットワーキング】
開催日時:令和8年2月23日㈷ 18:00〜
会場  :やさいバス食堂(静岡県掛川市駅前4-4 1階)
定員  :たぶん50名くらい?
会費  :5〜6,000円くらい

【Koji The Kitchen Academy】
開催日時:令和8年2月21日㈯ 10:30〜20:15
会場  :emCAMPUS FOOD(アークリッシュ豊橋)
定員  :現地40名、オンライン100名
チケット:現地66,000円、オンライン11,000円
     *ディナーなし版、早割あり
公式サイト:https://kojiyasanzaemon.store/blogs/koji-the-kitchen/presale-koji-the-kitchen-vol-6
申込サイト:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdSgc5PD6v-f_S_HFFFahS9XrgkV_PeQ3hHou7n8nnK-H0sBg/viewform

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みりんを「酒」として飲んだことある? 2026年1月14日 https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%81%bf%e3%82%8a%e3%82%93%e3%82%92%e3%80%8c%e9%85%92%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e9%a3%b2%e3%82%93%e3%81%a0%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%82%e3%82%8b%ef%bc%9f%e3%80%802026%e5%b9%b41%e6%9c%8814/ https://tabemonoradio.com/essei-taro/%e3%81%bf%e3%82%8a%e3%82%93%e3%82%92%e3%80%8c%e9%85%92%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e9%a3%b2%e3%82%93%e3%81%a0%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%82%e3%82%8b%ef%bc%9f%e3%80%802026%e5%b9%b41%e6%9c%8814/#respond Wed, 14 Jan 2026 14:57:19 +0000 https://tabemonoradio.com/?p=158879 Copyright © 2026 たべものラジオ All Rights Reserved.

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世の中は、思い込みで溢れている。だからといって、日常生活で困ることなんてない。それどころか、思い込みのおかげで“考えずに判断”できるわけだし、場合によっては思わぬイノベーションを起こすこともある。まぁ、それがイノベーションだったと気がつくのは後の時代だということも多いのだけど。

ただ、”もったいない”とは思うのだ。思い込みのせいで、無意識のうちに使い道を制限していることもある。誰でも一度くらいは「その手があったか」と思ったことがあるだろう。まるで斬新なアイデアのように感じるのだけれど、実は”別の誰かの認識がヒントになっていた”ということも少なくない。発想には、そのヒントが必要な場合が多いのだ。

みりんはお酒のジャンル

「みりんは調味料だ」と、ぼくもずいぶんと長いあいだ思い込んでいた。本来「みりんとは酒の一種だ」と知ったのは40才になるころのこと。平均余命がもっと短い時代なら、そろそろ人生も終盤という年齢である。現代だからこそ、まだしばらくは人生が残っているだろうし、その間みりんを酒として楽しむ時間があるわけだ。今という時代に感謝せねばなるまい。

今から170年ほど前、時は幕末、1854年3月のこと。ペリー艦隊の一行をもてなすため、横浜で饗宴が開かれた。この時の様子が日記などの記録に残っている。おそらく、日本最高水準の高級料理がずらりと並び、それはずいぶんと賑やかな宴会だったようだ。
中には楽しくなった日本側の役人がペリーの首に抱きついたという話も伝わっている。酔っ払いの、あれだ。国際問題にならなくてよかった。彼らが飲んでいた酒についても記録がある。
「酒は、日本酒と焼酎、みりんが提供されていたが、アメリカの乗組員は、みりんばかり飲んだ」と。

当時、みりんは酒だと思っていた。確かに高級品で、誰でも手に入れられるようなものではなかったかもしれないけれど、酒であると認識していた。少なくともこの時点では。じゃあ、いつまで「みりん=酒」が常識だったのか。時代を明確に特定するのは難しいけれど、ざっくり戦後のことだ。その頃の”感覚”を祖父に話を聞いておけばよかった。などと思うのだけれど、祖父が他界した頃の私は、こうしたことに興味を持っていなかったのでどうしようもない。

記憶の断絶

1992年の醸造協会誌には「みりん風調味料の存在は知っていても、本みりんの存在を知らない消費者が多かった」と記されている。みりん風調味料というのは、文字通り”調味料”のこと。醤油等と同じように、それを飲もうとは思わないし、飲んでも美味しくない。つまり、飲み物ではないという認識が強まったということだろう。終戦時点で「みりん=酒」が常識だったとしたら、わずか40年ほどで常識が変わってしまったということになる。

世代交代のタイミングで伝わらなかったのか。それとも、社会の階層で分断があったのか。どこかで記憶が伝承されなかったわけだ。個人的には、そのどちらの現象も起きたと思うのだが、少なくとも私は祖父の認識を一部しか引き継いでいない。
例えば、祖父の時代までは野山と共に生活する感覚があった。それがぼくには無い。山へ分け入り、罠や銃を使った猟についていったことはあるけれど、それが本質的にどの様に生活に接続していたのかを体験していないのだ。野生の獣と対立しながらも、集団としては共存していた。その肌感覚を知らない。そうやって、いとも簡単に”当たり前の感覚”は切れてしまう。

別に知らなくたって構わない。というのは、今を生きる我々にとっては、どうということのない感覚なのだ。けれども、”もったいない”という気持ちは薄れない。だって、「みりんは旨い」のだ。旨いみりんを”酒として”飲んでみて欲しい。飲みにくかったら炭酸水で割るのもおすすめだ。そこに少し柑橘を加えても良い。この楽しみを「みりんって飲めるの?ウソでしょ?」という人は、知らないのだ。もしくは、知識として知っていても実際に飲んだことのある人は少ない。こういうのは、実際に飲んでみるに限る。いや、味なんて体験以外でわかりっこないのだから。

その体験こそが、「みりん=酒」が常識だった時代のものなのだ。

「知らない」は、もったいないを生む

直近30年くらいで、お茶はペットボトルに口をつけて飲むことが許容されるようになった。私はその最初の世代である。最初の頃は違和感があったし、今でも”急須で入れたお茶”とは別ものだと思っている。ただそれもいずれは変わっていくのだろう。いや、私が知らないだけで変わっているのかもしれない。
お茶の話をすると、「伝統的な深蒸し茶が良い」という声を聞くこともある。が、これも思い込みだ。深蒸し茶の存在が、それなりに広い範囲で知られるようになったのはバブル期頃の話。かなり新参者だ。実は、ペットボトルのお茶と比べても普及年代はそれほど違わない。

味の体験だけでなく、ぼくが”もったいない”と感じているのはここ。新しい発想が生まれる土台の大きさなのだ。かつてアイザック・ニュートンは「巨人の肩に乗る」と言って、それまでの知の集積を学んだからこそ新たな発見に至ったことを表現した。科学であれば、論文などの書籍が”知の巨人”となるだろう。だけど、日常の知恵や体験は、放って置くと消えていく。だから、かつてあったはずの素晴らしいモノやコトが、つぎの発想への土台になりにくいのだ。
次に進むべき道の選択肢が狭まってしまう。これが”もったいない”のだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。

「残す」「伝える」という気持ちがあるかどうか。が結構大切だと思うんだ。日本には日本語以外のたくさんの言語があるんだけど、それも消滅寸前なんだよ。言語っていうのはさ。表現だけじゃなくて、考え方とか世界観と直結しているのね。その言葉を通じてみた世界と、その延長上にある未来っていうのがきっとある。断絶するっていうのは、それが消滅するってこと。で、思い込みっていうのは、時々未来を消滅させる一歩目になることもあるから。⋯なんて、思うわけだ。

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